「『イチ』は『一恵(いちえ)』のイチ。一恵はウチとこの長男に付けるはずやった名前や。」
僕は大和さんの言葉に首をかしげた。
長男に、付けるはずだった。
しかし実際、この家に男の子供はいない。
「一恵は生まれんかった。」
僕の訝しげな表情に、大和さんは苦笑って前髪を掻き揚げた。
「・・・産んであげられへんかったんや。」
涙は流さないけれど、泣き出しそうな表情で。
きっともう何度も泣いて、流す涙も出尽くしたのだろう。
一恵はふみの双子の兄弟。
月が満ちる前に流れてしまったと。
何度も何度も小さな亡骸に謝って、残った妹に兄の分まで幸せに、たくさん生きてほしくて、名前に一つ、加えたそうだ。
だから、ふみの名前は
「一二美」
「ふみ。」
僕は彼女を置き去りにした庭へと舞い戻った。
そこではやっぱりふみが一人遊びを、目の前に誰かがいるかのごとくしていたわけで。
僕の呼びかけに、彼女は振り返り、ぷぅっと頬を膨らましてそっぽを向いてしまう。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
「ふみ。」
もう一度名前を呼んで、彼女に近づくと、首をめぐらして僕の姿を見上げてきた。
「あーちゃんなんでどっかいってもたんや。」
せっかくイチがおんのに。と、語尾をすぼめながら唇を尖らせる。
「ごめんな、・・・ちょっと、トイレに・・・。」
下手な言い訳だと分かってる。それにふみが騙されるかは分からないけれど、正直な話イチにびびったとは言いづらい。
「いっといれ~~。」
トイレと言う言葉にふみが反応を返す。こんな下らないギャグを言うのはきっとお父さんの真似なんだろう。友三さんもこういうことをよく言ってるから。
「もうトイレは行ってきたから。」
嘘の上塗りだけど。
「イチがな~、あーちゃんに『こんにちは』やって。」
「まだイチがいてるんか。」
「うん、目の前に。」
「え。」
僕は少したじろいだ。
でも大丈夫、さっきよりは怖くない。
ふみの兄なんだ。生まれていたらふみと同じように、ぼくと遊んでいた。
「・・・コンニチハ。」
戸惑いながらも僕は言葉を紡ぐ。少しぎこちないけれど、ふみは満足そうに頷いた。
「イチはな、あーちゃんに言いたいことがあるんやて。」
寝耳に水の申し出に、僕は戸惑う。イチに言いたいことがあろうとも、僕には何かを言われる心当たりは全くないし、一体何を言われるのやら。
けど興味は少なからず、ある。
「何?」
僕の返事にふみは目の前に視線を送り、ボソボソと相槌を打っている。
そして首を傾げつつも、僕に再び向き直った。
「イチは、ふみといっしょにあーちゃんがだいすきやって。」
「あ、ありがとう。」
好意を向けられることは嫌いではない。それがいてるのかいてないのか判然としない人物であっても。
そしてふみはまたイチの言葉を聴いて、僕に伝える。
「あーちゃんが大きくなったら、イチはあーちゃんちの子になります。やって。」
なんのこっちゃ。と、最後はふみの感想。
はて、なんのことやら。
イチがにっこりと、笑うかのように。
風が流れて草木が揺れる。
僕がイチの言葉の真意を知るのは、それからずっと後の話。
僕は大和さんの言葉に首をかしげた。
長男に、付けるはずだった。
しかし実際、この家に男の子供はいない。
「一恵は生まれんかった。」
僕の訝しげな表情に、大和さんは苦笑って前髪を掻き揚げた。
「・・・産んであげられへんかったんや。」
涙は流さないけれど、泣き出しそうな表情で。
きっともう何度も泣いて、流す涙も出尽くしたのだろう。
一恵はふみの双子の兄弟。
月が満ちる前に流れてしまったと。
何度も何度も小さな亡骸に謝って、残った妹に兄の分まで幸せに、たくさん生きてほしくて、名前に一つ、加えたそうだ。
だから、ふみの名前は
「一二美」
「ふみ。」
僕は彼女を置き去りにした庭へと舞い戻った。
そこではやっぱりふみが一人遊びを、目の前に誰かがいるかのごとくしていたわけで。
僕の呼びかけに、彼女は振り返り、ぷぅっと頬を膨らましてそっぽを向いてしまう。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
「ふみ。」
もう一度名前を呼んで、彼女に近づくと、首をめぐらして僕の姿を見上げてきた。
「あーちゃんなんでどっかいってもたんや。」
せっかくイチがおんのに。と、語尾をすぼめながら唇を尖らせる。
「ごめんな、・・・ちょっと、トイレに・・・。」
下手な言い訳だと分かってる。それにふみが騙されるかは分からないけれど、正直な話イチにびびったとは言いづらい。
「いっといれ~~。」
トイレと言う言葉にふみが反応を返す。こんな下らないギャグを言うのはきっとお父さんの真似なんだろう。友三さんもこういうことをよく言ってるから。
「もうトイレは行ってきたから。」
嘘の上塗りだけど。
「イチがな~、あーちゃんに『こんにちは』やって。」
「まだイチがいてるんか。」
「うん、目の前に。」
「え。」
僕は少したじろいだ。
でも大丈夫、さっきよりは怖くない。
ふみの兄なんだ。生まれていたらふみと同じように、ぼくと遊んでいた。
「・・・コンニチハ。」
戸惑いながらも僕は言葉を紡ぐ。少しぎこちないけれど、ふみは満足そうに頷いた。
「イチはな、あーちゃんに言いたいことがあるんやて。」
寝耳に水の申し出に、僕は戸惑う。イチに言いたいことがあろうとも、僕には何かを言われる心当たりは全くないし、一体何を言われるのやら。
けど興味は少なからず、ある。
「何?」
僕の返事にふみは目の前に視線を送り、ボソボソと相槌を打っている。
そして首を傾げつつも、僕に再び向き直った。
「イチは、ふみといっしょにあーちゃんがだいすきやって。」
「あ、ありがとう。」
好意を向けられることは嫌いではない。それがいてるのかいてないのか判然としない人物であっても。
そしてふみはまたイチの言葉を聴いて、僕に伝える。
「あーちゃんが大きくなったら、イチはあーちゃんちの子になります。やって。」
なんのこっちゃ。と、最後はふみの感想。
はて、なんのことやら。
イチがにっこりと、笑うかのように。
風が流れて草木が揺れる。
僕がイチの言葉の真意を知るのは、それからずっと後の話。
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