・・・か・・さ・
(僕を呼ぶのは、だれ?)
・・・かず・・・
(違うよ、ぼくはイチ。カズなんて呼ばれない。)
だけれど自分を呼ぶ声だと一恵には分かっていた。
天地の分からない世界で一恵は声に耳を澄ませる。
断続的に聞こえる声は自分の知らない人の声で、けれどどこか安心する。
感じたことの無い感情を胸に起こす、不思議な声だった。
・・・わたしは・・・いてあげる
・・・あなたのそばに、いてあげる・・・
包み込まれる感覚と同時に地に足が着いて、一恵は衝動的に走り出す。
ただ闇雲に、この世界を脱してあの声にたどり着く為に。
その声に縋りたかった。
・・・ずっと、ずっと・・・
一恵の欲しい言葉をくれる、声の主は果たして天使か。
美しい声で甘言を弄して惑わすのは悪魔か。
そんな者誰だっていい。
今、一恵のそばに居てくれるのならば、天に召されようと悪に魂を売り渡そうとも、一恵にはどうでも良かった。
ふわりと柔らかい体温に包まれて、まぶたに熱を感じた。
声の主に抱かれて、口付けをもらった本体は、もうすぐ夢から覚める。
自分のまぶたが緩く開いてく先で、よく見知った女が笑いかけていた。
目を開けるとまだ夜明け前で、部屋の中は暗かった。
目覚める一瞬前、誰かを見たような気がしたが、一恵には思い出せない。
薄暗闇の中、枕もとの時計を引き寄せて、少し早いが朝の仕度をしようとベッドから這い出した。
昨日はショックが大きすぎて何も考えられなかった。小さな子供のように泣き寝入って、全く恥ずかしいことこの上ない。
一恵は制服のネクタイを締めながら部屋の扉を開けた。
ふと廊下に並ぶ扉の一枚に目が留まった。二美の部屋だ。
あの後彼女はどうしたのだろうか、一恵の様子を見に来てはくれたのだろうか。一恵のことを、気に掛けてくれただろうか。
まるで寂しがり屋の小さな子供の感覚で、一恵はハッと気付いて思考を止めた。
足早に二美の部屋の前を通り過ぎ、階段を駆け下りていく。
兄なのに、妹が自分をかまいに来てくれる事に期待してるなんて、格好悪い。
二美の顔を思い出して、気まずい思いがした。
昨日のことも含めて、当分は顔を合わせられない気がする。
だけどこのままにしておけるはずも無く、一恵は彼の顔を思い出す。
途端に口の中に苦味が充満して、腹の底からせり上がってくる何かを喉の奥で押し留めた。
不思議と怒りや憎しみは湧かない。
一緒に居た時間が長かったせいだろうか。
一恵は彼の真意を知りたい。
考えるのはそれからだ。
まだ寝静まる家中をそろりと抜けて、送迎の車だってまだ運転手も起きていないはず。
一恵は通学鞄を掴んで家の門扉をすり抜けた。
朝陽は屋敷の屋根に稜線を描き輝いていた。
アスファルトの上は黄色い光が照り付けて、一恵の影が長く延びていた。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
忘れた頃にやってくる、パラレル春日第5弾!!
定期的にやってたわけじゃなかったんやけど月イチになってたようで。
しかし今回のトラブルですっかり忘れていたわけで。
いや~、こんなん誰も見てないやろ~と思いつつ、更新できるっつったらこれしかないんでやろっかな~って思ってた矢先に拍手に嬉しいメッセージを頂いて、姉ちゃんの寝てる間にこっそりカチカチ。
タイピングの音がうるさくて、私にはやっぱりノートが向いてるわ、デスクトップはあかんわと思わされた。
テーマは胡蝶の夢なので、さて誰の夢にリンクしてるのやら。
PR
トラックバック
トラックバックURL: